保存処理が施され、冬空にそびえ立つ「奇跡の一本松」。手前左は震災遺構「陸前高田ユースホステル」、写真中央のコンクリート柱は「希望の架け橋」の土台


岩手・陸前高田のいま 心の支えにも被災の記憶にも 7万分の1の「奇跡」
泥の海の一本松
津波の脅威と教訓伝え後世へ
岩手県陸前高田市は東日本大震災で最大18.3メートルの津波に襲われ、7万本の美しい松林「高田松原」も根こそぎ流された。
一面の泥の海に1本だけ、高さ27.5メートル、樹齢173年の松が残った。人々は、大地に踏ん張る大木の姿に自らの姿を重ね合わせ、「奇跡の一本松」の名がついた。
陸前高田市観光交流課長の村上知幸さんは「頑張る気持ちをつないだ人もいるし、震災を思い出すから見に行かないという人もいる」と話す。それほどまでに、被災当時の一本松の印象は今も強い。一本松は翌年枯死したが、保存処理され、人々の心に生き続ける。
スピード工事実現
「希望の架け橋」痕跡今も
奇跡の一本松の近くに、細長いコンクリートの塊が建つ。2014年から1年半、復興工事に使われた巨大なベルトコンベヤーを載せていた橋の土台部分だ。
被災者の切実な願いは一日も早い住宅の再建。高台の移転先を大急ぎで造るため、山を削った土砂をベルトコンベヤーで運び出すことにした。気仙川を渡るつり橋は被災地見学の名所になり、「希望のかけ橋」と命名された。
ダンプカーで土砂を運べば10年近くかかるといわれた工事は1年半で終わった。橋は解体され、コンクリートの塊だけが、復興プロジェクトのなごりを今に伝えている。
七夕の夜 奇祭がつなぐ
陸前高田人の心
陸前高田市には、高田町の「うごく七夕」と気仙町今泉の「けんか七夕」という独特の祭りが伝わる。うごく七夕は、華やかに飾った山車の中で奏でられるおはやしが幻想的。けんか七夕は、丸太を載せた2台の山車がぶつかり合う勇壮さが人々を魅了する。
市の観光交流課長の村上知幸さんによると、祭りを支えるのは、震災前の町内会単位で培われた人々の絆がベースだが、市外のボランティアや学生が応援に駆け付けるなど、新たな動きも生まれてきた。村上さんは「二つの七夕がある8月7日は、陸前高田への思いが一つになる特別な日」と話す。
制作:河北新報社